2012年2月6日月曜日

対談 作家・荒俣宏さん

「お化けの森つくって」





















 二〇〇五年日本国際博覧会(愛知万博)協会の坂本春生事務総長による万博対談七回目は、映画化された大河小説「帝都物語」の原作者で、作家の荒俣宏さん(54)。

 万博や博物学、路上観察学など多方面で膨大な著書を持つ荒俣さんは「人工的に自然を作れば大変なコストがかかることの分かる仕掛けや、お化けがいっぱいいる森を展示してほしい」と提言。逆説的にテーマの「自然の叡智(えいち)」を訴える方法や、「森の持つ精霊性」を感じるような展示内容に期待を示した。

 「万博の歴史は、開催反対のあらしだった」とも指摘し、「評価は百年後。後世、万博の歴史の転換点と言われるような愛知万博に」とエールを送った。

坂本春生 荒俣さんのことは“万博人間”であると思っています。その方の「万博学」というか、あらゆることに詳しい「万(よろず)・博学」を聞かせていただけるのを楽しみにしています。

荒俣宏 いい知恵がでるかどうか、少し心配ですが…。でも、万博大好き人間ですので、今日は本当に自由にしゃべらせていただきます。

坂本
 一八五五年にフランスで初めて開催された万博は「森の中の万博」。どんなイメージだったんでしょうか。愛知万博も最初は「森の万博」で売り出したので…。

荒俣
 当時のパリはそもそも森の中にあったんです。万博とパリの改造計画が一体になっていました。セーヌ川の両岸の森をうまく開発し、通りを作り、リゾート地や人々の公園にしたんです。

坂本 パリの開発でもあったのですね。

荒俣 ロンドンも東京(江戸)もそうですが、武家屋敷や貴族の城があって、その時代の大都市は緑に富んでいた。それを一般の人々のためにどう使うかということが、万博初期にはカギになっていました。

坂本 そうした時代を経て二十世紀はアメリカ中心の万博に。万博の歩みに、どのような特徴がありますか。

荒俣 人々にどんな夢を見せられるか。これが万博最大のキーワードですね。夢を語れない万博はほとんど意味がない。大きな意義を残した万博は「あなたたちの生活はこうなるんだよ」という夢を、人々に見せたんです。

坂本 過去の万博は夢をどう具現化したのですか。

荒俣 最初のロンドン万博は工業製品の展示。フランスが特徴的なのは万博と芸術をセットにしたことです。人々に「自分たちの夢はこうなります」と提示しました。二十世紀はアメリカの万博。意義は明快で、高速道路に車をびゅんびゅん走らせ「将来はこうした車社会になるんだよ」と。問題はその後です。愛知万博のテーマが「自然の叡智」であるように、二十一世紀のキーワードは「自然」。それをどのように提示できるか。

坂本 一八八九年のパリ万博でのエッフェル塔は当時衝撃的でした。愛知万博はどんなものを出展すべきでしょう。

荒俣 エッフェル塔は当時、奇異なものと受け止められたんです。あの鉄の塔は作りかけの「いやなもの」と映ったんでしょう。でも、そうした時代に、これこそが「構造の美」であると持ちだしたフランス人の感性はたいしたものです。
 愛知万博でもそんな勇気が必要です。二十一世紀のエッフェル塔とは「手つかずの森や川」なんです。本来は都市にしてしまった方が簡単な中部地方に、こうした自然を、美意識をもって持ち込む。これが「かっこ良さ」です。

坂本 私たちの万博は開発行為とは全く結びついていないんです。だから、パビリオンよりソフトで、画一性より多様性で、人々をひきつけることに知恵を絞っています。

荒俣 安心していただきたいのは、すべての万博は開幕前、反対のあらしでした。第一回ロンドン万博では、ある議員が開幕日に会場前で火をたき「すべての万博主催者に雷よ落ちよ」と祈とうをしたぐらい。でも、百五十年間続いてきた理由は、万博が「これをやらないとあなたたちの新世紀が開けない」という強烈なメッセージを発信してきたからです。反対の声があればあるほど、楽しいと思ったほうがいい。

坂本 確かに。反対の声を押し切ってまでなぜ開催せねばならないかという意義を考えますし、反対があった方がさまざまな工夫や知恵もでますね。

荒俣 最終的な評価は百年後。それを楽しみにやるしかない。愛知万博のテーマは「自然の叡智」なので、最もやっていただきたいのは、人工的に自然を作るとこんなにもコストがかかるのかと分かる仕掛けです。田んぼは春にはおたまじゃくしが泳ぎます。秋は稲を実らせ、冬に備えて水を落として再生の時を待つ−。こんな仕掛けは、田んぼ一枚でも飛行機工場の規模が必要かもしれない。
 エコロジーと簡単にいうけれど、自然が大変なコストをかけて実現している。人間 が簡単に肩代わりできるものではない、ということを見せるべきですね。自然界のリ サイクルは地球が四十五億年もかかってシステムを作り上げたものです。

 坂本 その通りですね。ほかにご提言は。

 荒俣 森や自然には必ず精霊がいるんですね。愛知万博ではそうした「自然の精霊 性」を見せてほしい。森の中をチョウがゆっくり舞い降りて来ると、昔の人は「だれ かの魂が下りてきた」と思ったわけです。もちろん、自然の生物を使ってそうしたも のを見せるのは難しい。コンピューターグラフィックスやバーチャルリアリティー( 仮想現実)で「精霊の出る森」を見せればいい。それによって、自然への畏怖(いふ )も、自然と共に生きる心も生まれるのでは。

 坂本 荒俣さんにも、精霊探しに出かけていただかないと(笑い)。どうして万博 にご関心を。

荒俣 十九世紀の万博では、その後の美術界に大変な影響を与えた印象派の絵がすべて会場から排除された。こうした会場外の動きや、反対派の動きまですべて含め、万博を取り巻く状況に関心をもったからです。
 これまでの万博研究でつまらないと思うのは、すべて主催者の視点ということです。主催者から見れば、展示以外のことはどうでもいい。でも、一番大切なのは会場を訪れた人たちが、どう感じたか。そこにはさまざまな時代状況が反映されている。


坂本 参加した人たちの視点ですね。

荒俣 愛知万博では、参加した人たちが「自然って金がかかるんだなー」と実感し、「森にはお化けがいっぱいいるなあ」と感じてもらいたい。この二つが人を引きつける仕掛けではないでしょうか。

坂本 来た方に「すごいな」と感じてもらい、そのすそ野を広げていきたいですね。

荒俣 開催する以上、万博の歴史の転換点として記憶されるような愛知万博にしてほしい。ぜひ二十一世紀型の提案をしていただきたい。

坂本 大変勇気づけられる、興味深いお話でした。ありがとうございました。

(敬称略)


荒俣 宏(あらまた・ひろし)1947年7月、東京生まれ。54歳。作家、翻訳家、評論家。日本文芸家協会、路上観察学会会員。コンピューター・プログラマーとして約10年間のサラリーマン生活を送った後、79年に独立。87年に「帝都物語」で日本SF大賞、89年に「世界大博物図鑑第2巻・魚類」でサントリー学芸賞。他に「万博とストリップ」など多数。


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